多重債務者は改正貸金業法の施行で減っているのか?
改正貸金業法が平成22年に施行されたのはご存知のことだと思います。
法改正の目的は社会問題化した多重債務問題を解消する為でした。
改正以前の貸金業規制法では、
- 「借り手の返済能力を超えると認められる貸付の契約を締結してはならない」(第13条)
- 「借り入れが容易であることを過度に強調することにより、資金需要者の借入意欲をそそるような表示または説明をしてはならない」(第16条)
と、借り手への過剰融資や手軽に借金が出来るような勧誘はしてはいけないことになっていましたが、 実態は罰則もなく多少の貸倒を考慮しても貸出金利が高く融資残高を増やすほど儲かってしょうがないビジネスモデルの前で、有名無実化していたのは周知の事実です。
改正貸金業法ではこの有名無実化していた規制に統一された基準を設け、借り手を守る為以下の法が施行されました。
・個人の借入総額を年収の3分の1までに制限(総量規制)
・上限金利の引下げ(グレーゾーン金利の撤廃)
・貸金業者への規制の強化
この法改正は貸金業界のビジネスモデルを根底から覆すような内容で、消費者金融大手武富士は破綻、アイフルも私的整理の一種である事業再生ADR(裁判外紛争解決手続き)が成立し、債務約2800 億円の返済猶予が決定。
プロミスは三井住友銀行グループの関連会社となることで生き残りを図り、更には新天地を求め中国へ進出を始めました。
これまで湯水の様にばら撒いていた融資金が総量規制により貸したくても貸せなくなり、貸金業者の収益の源である貸付金利が上限金利の引下げにより低くなり(その分儲けが激減)、更に罰則の 強化とくると、貸金業を営んでいた人間からなんともやるせない話で、ヤケ酒の毎日だったかもしれません。
この貸金業界への逆風は気の毒に思いますが、借金返済の為に新たな借入を繰り返す自転車操業を繰り返していた多重債務者が、今回の総量規制で新たな借入が出来なくなり、いわば強制的にですが債務整理や自己破産など、自身の多重債務問題にケリをつけるきっかけになったのなら、それはそれで良い法改正だったと個人的には思います。
あくまでも個人的にの話ですが。
多重債務問題対策として施行された改正貸金業法ですが、流れる水(お金)の量が少なくなった分、利用者は多重債務に陥りにくい世の中になったと思いますが、 物事には結果と原因があるように当然多重債務者になるにはなるなりの原因と傾向があります。
かなりデータが古いですが、多重債務問題の対応を検討するために独立行政法人国民生活センターが法律家や生活経営学、 行動経済学の研究者など有識者を集めて設置した「多重債務問題研究会」が行った報告書に多重債務者のデータがありましたので参考資料として傾向を見て行きたいと思います。
恐らく現在と大してデータの差はないと思います。
資料 多重債務問題研究会「多重債務に関する実態調査」報告書
調査期間 2005年11月~12月
対象者 弁護士・司法書士事務所への相談者585人
性別 男性57.1%、女性38.5%
初めての借入時の年収と収入源
収入源はやはり給与所得者(サラリーマン)が8割弱で一番多いですね。
これは商売人や年金生活者や生活保護受給者と比べ、借入がしやすかったという点もあると思います。
やはり給与所得者は毎月給与がある為、安定した収入がある属性と見なされているようです。
一般的に消費者金融等では融資対象者として年齢の上限を65歳までとしているので、年金生活者は年齢的に借入は難しいでしょう。
借入時の年収では女性は200万円未満が52.4%、男性が200~300万円未満、300~400万円未満の合計で55.7%と半数以上を占めています。
当時であれば平均的な大卒サラリーマンで考えると新入社員~4年程度でしょうか。
親元で生活しているか一人暮らしをしているか、車を持っているか持っていないか、お酒を飲むか飲まないかなど様々な要因があると思いますが、 税込み年収で400万円未満ではやはり気を引き締めて家計を考えないとすぐに足が出てしまうのではないでしょうか?
ちなみに税込み年収で400万円であれば手取りは300万円ちょっと位で、月にすると25~27万近辺でしょうか。
手取りで25万円程度あれば贅沢しなければ生活できるので、やはり400万円を超えると急激に対象者が減っています。
200万円未満となると税込みで考えても月16万円程度になるのでちょっとしんどいですね。
初めての借入から返済困難になるまでの期間
1年未満が20.4%、5年未満では64%と半数以上の方が返済困難になっています。
多重債務状態から脱出できずに債務を法的に整理しようとした対象者の内6割以上が5年未満の破綻ですから、初めての借入からまさしく一直線に破綻に向かっていったことになります。
1年未満ですら20.4%ですから5人に1人が1年未満に破綻したことになります。
とんでもないスピードですね。
借入の理由
借入初期時と比べ返済困難時で大きく増えているのが「収入の減少」と「借金の返済」です。
ローンを組んだのはいいが給与や収入が減ったので返済が出来なくなり、借金返済の為借金をする多重債務スパイラルと言えるでしょう。
初期の借入の理由としてギャンブル代、遊興費、物品購入が合計32.8%だったのに対し、返済困難時には25.3%と7%以上も減少しています。
気が大きくなって浪費してしまったが返済に窮して浪費を控えた人が7%以上ということですが、逆に言うと返済困難時にかかわらず25.3%の対象者は浪費を続けている訳ですから、 こういう人は一時話題になった買い物依存症の様な一種病的な精神状態「破滅が近づいているのが解っているけど浪費をやめられない」になっているかもしれません。
ですが、やはり一番多い理由としては収入に関することでしょう。
非正規雇用の契約社員やアルバイト・パートでは安定した収入を得るのは困難なこともありますし、昨今のリストラによる失職や業績悪化による給与のダウンなどが大きく影響していると思われます。
借入先・借入件数・借入総額
対象データが改正貸金業法施行前なので、年収の3分の1までの融資(総量規制)や上限金利の規制もなかった時代ですので、データを見るとゾッとしますね。
借入件数5件を超える対象者がなんと83%と8割を超えます。
借入総額も300万を超える対象者が71.3%とこれも7割超えです。
グレーゾーン金利での貸付がありましたから、29.2%の金利で300万円の借入とすると年間支払う金利は87万6000円(7万3000円/月)とワンルームマンションが借りれます。
借入時の年収で一番多かったのが400万円未満でしたが、400万円未満の収入で300万円の借入があったりすると返済不能なのは当たり前ですね。
しかも借入件数5件以上が83%で最高は21件以上になりますが、こうなると毎日返済の事だけを考えた本当の自転車操業になっていたでしょう。
というか返済が月に10件以上にもなるとパソコンにでも返済予定や入金予定などの家計簿をつけないと、自分がいくら返済して元金がいくら減ったなど自分の借金の正確な額すらも把握できないのではないでしょうか。
まさしく地獄ですね。
借入先としてヤミ金融を利用している対象者が8.2%もいますが、現在は総量規制の影響でもっと増えていると思われます。
借金が生活に与えた影響
平成10年に年間自殺者数が3万人を超えてから平成27年が24,025人と自殺者数の数か相変わらず多いです。
2万4千人というと一日に70人以上が自殺しています。
警察庁によると事業の失敗や借金苦など経済・生活面を理由にした自殺が平成27年で約4,082人となっています。
自殺者の6分の1もの人が金銭的な理由で追い詰められて自殺していることになります。
「自殺を考えた」35%、「実際に自殺未遂となった」2.1%と37.1%もの人が自殺ということを真剣に考え、中には未遂でよかったですが実行までしています。
今回のデータでは法律事務所に相談にこられた方を対象データにしていますので、未遂ではなく自殺で亡くなってしまった方はデータには上がっていません。
法律事務所に来られた方は言って見れば死の淵から戻ってこられた訳ですが、データに表れないあの世に行ってしまった方を思い止まらせるなんらかの方法はなかったか?と思います。
自殺までではないですが「蒸発を考えた」「実際に蒸発した」計23.4%、「家庭崩壊」22.6%、「親戚と付き合いがなくなった」15.4%とネガティブな影響ばかりです。
多重債務者の人間性などが原因で家庭崩壊や親戚付き合いが無くなったケースも多くあると思われるので、全てが借金のせいとは言えませんが、 身の丈を超えた借金は百害あって一利なしと言えます。
返済が困難になって誰かに相談したか?
どうにもならなくなって弁護士事務所などの法律事務所に相談しに来た人がデータですので、最終的にはこの方達は相談しています。
ですが法律事務所に来るまで(データ対象者になるまで)誰にも相談しなかった方が51.3%と半数以上を占めます。
また、相談しなかった方の7割以上が「何とかなると思ったから」、3割以上が「恥ずかしかったから」と、借金問題を他人に話すことに抵抗を感じたり解決の根拠もないのに自身で解決しようとしています。
多重債務になるには原因があり、その原因を取り除かないと解決はできません。
厳しい言い方になりますが自身の判断で借入を行い、消費活動を行って来た結果多重債務状態に陥っている訳ですから、これまでの判断や見通しが甘かったといえるでしょう。
借金問題を相談して恥ずかしい思いをしたり、説教をされたりすることを考えると億劫になる気持ちは理解できますが、現在の日本では借金解決のシステムは出来上がっています。
身内に相談するのが嫌ならば借金の相談窓口も各機関にありますので、1人で考えることはせず積極的に相談することが問題解決の一歩になると思います。
突発的な出費や病気、商売人なら取引先企業の倒産で売掛金が回収不能になるなど、一時的に金銭的なトラブルを抱えることも生きている限りあるでしょう。
相談することで良い知恵や知識、思いもつかなかった対処法もあるかも知れません。
多重債務者は減るのか?
改正貸金業法は多重債務問題対策として施行されましたが、果たして多重債務者は減っていくのでしょうか?
実際のところ日本の自己破産者数は2003年の242,377件をピークに、2009年には126,265件とピーク時からおおよそ半数程度まで減少しています。
そして平成28年には58,529件と大幅に減っています。
自己破産が認知・理解されたことや、貸金業界への規制の強化など、多重債務者を法によって救済する仕組みは効果を挙げていると言っていいでしょう。
改正貸金業法により更に多重債務者になりにくくなったと言える総量規制などのお陰で多重債務者は減少していくと思われます。
貸し手が貸したくても貸せない世の中になった訳ですから、借り手(債務者)が破綻するまで借りることも出来ない訳です。
ですがこれは一般論の話で、いくら規制されても多重債務者になろうと思えば非常に簡単なことです。
後々の事を深く考えないのであればヤミ金からも借りれる訳ですし、マイカーローンなどは担保がある分借入しやすく総量規制対象外です。
また、自営業者が一定の要件を満たすことで消費者金融からの借り入れは総量規制の対象外となります。
誰しも多重債務者になろうとしてなっている訳ではありませんが、結局のところ債務者本人が自身をコントロールしないと多重債務に陥ることはそう難しいことではありません。
そういった点から言うと多重債務を減らすには、いかに金利が自身の可処分所得を圧迫するのか、複利で増えていく金利の恐ろしさ、リボ払いの仕組み・怖さ、借金の返済の為の借金がいかにバカらしいか、多重債務に陥った際の生活への影響などを利用者に理解させる教育を行うのが一番かもしれません。